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数日前から始まりました、ワールドカップ。独逸が会場なので、独逸語で言えば、Weltmeisterschaftですが、なかなか盛り上がってますね。普段サッカー等毛程も興味が無い自分でも、これだけは興味深く見させてもらっています。
所で何故サッカーはこれ程まで人を魅了し熱狂させるのでしょうか?サッカーファンが聞けば、ルールが簡単だのボール一つで出来るだのと答えるのでしょうが、根本的な理由では無い気がします。その条件ならば
じゃんけんの方が余程適任です。
個人的に言わせて頂ければ、その理由は以前旧Blogで言ったかもしれませんが、
サッカーの起源が首蹴り遊戯である事に非常に関係があるのでは、と思います。
元来サッカーとは、戦に勝利した祝いとして、今まで戦っていた
憎いあん畜生の首を好き勝手弄ぶものでした。それが革張りの球になったとしても本質は変わらず、
憎いあん畜生の顔を投影して蹴り回すと言う歪んだ快感を得られる事がその人気に繋がっているのでは無いでしょうか。口さがなく言えば貧乏な国の子供達に大受けなのはそれが理由な気がします、金が掛からないとか頭使わなくていいとかそう言う理由は二の次で。
その様な快感を得るならば競技としての格闘技の方が適任では、とおっしゃるかも知れません。しかし、あれらは
相手を倒す事=首を刈る事が目的です。これはある種サッカーのミソなのですが、サッカーは
首を蹴る事=勝利を祝う事が目的なのです。つまり、名目上は蹴り合う者達同士敵も味方も関係無いので、スポーツマンシップと言う
建前に繋がるのです。
かく言う訳で、大人気となったであろうサッカー。日本代表は、
首切り戦士・サムラーイの名を冠する者として、
前の戦で負けた恨みを込めて首の一つ位はもぎとって貰いたいものですね。”BGM 上海アリス幻樂団『六十年目の東方裁判』”
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